読まない。

書くだけで読まないブログ。

結婚というもの

みなさんは結婚をどういうものだととらえていらっしゃるのか。
それは人それぞれなのでとらえ方がそれぞれにあり、その形もさまざま、なのでしょうか。
たぶんそれは違いますよね。
それぞれの形になりたければ、それぞれの形を制定している国に行かなければそうはならないでしょう。
日本にいる限り、日本の形でそうなっているものにしかなれないはずです。
いやなら出ていくしかない。
それはなぜかというと、まあたくさんの事情があるので割愛するとそういうものだからとしか言いようがないですね。
女性に選挙権がない、男性の家に必要数納められるという国での結婚から女性が家を継いでいく父親の名前をミドルネームに挟むことで男性が家系から消滅しない風習の国もあるだろうし、そういうものがないところもあるかもしれない。

 

なぜ国を変えろとか歴史や政治を変えていこうということをまず除外して自分の望むところへ行くべきだというのかというと、結婚がそんな簡単に示談ですむ話ではないはずだからです。
夫婦という間柄の取り決めは国が直接その関係性について認めることになるものです。
これがどれだけの内容であるかということを明示しないことやそういった証書を発行しないところが実感の持てないところかと思いますが逆にそういうものが存在できないほど大きな関係性でもあります。
結婚していますということでできる範囲を明示的にすると明示されていないことはできないのかしていいのかするためには手続きが必要か認可や証明はとなりますし、免許があるのでとその関係性をほかにだれも証明できなくても手にできるのかという問題が発生してしまいます。
それだけ大きな話です。
それだけの大きさになるということについて何が含まれているかという基礎の部分を考えてみたいと思います。
夫婦になるということはどういうことか、ありきたりでよく知られている話以外のことを考えてみましょう。
結婚するのには好きだったとかそういうきっかけがとかお見合いとかいろいろあると思います。そこをとりあえず置いておいて、結婚するとはどういうことをするということになるのか。
一緒に生活したりご飯をつくったりつくられたり、買い物をしてきたりされたり、日常のなにかをしたりしてもらったり、してばっかりだったり分業だということでするばっかりになったり。
よくこれを大変なので給料をだすべきだ労働ではないのか年金はどうなると話題になるのですが、これをするという約束を取り決めるのが結婚ですよね。
仕事をしてくるので家事をしてくれ、という形のない交換契約でお給料を二人の生活資金にするという無条件の分配契約、買い物をしてくるとか資材の調達を相手の同意なくしてくるという契約。
これの締結理由が合い見積もりやコンペや適性検査や担保でなく、感情や状況だけで取り決められたなんの関連性もない価値基準で設定されたレート交換になります。
好きでする仕事といやいやする作業、面倒だけどやっておくとかしたくないけどするしかないといった事柄を、その対価にあわせて支払いをする義務を抜きにできる契約などあるでしょうか。
これを明文化すると生活がなにも立ち行かないので夫婦とはそういうものだとふんわり夫婦であることについてだけは国が保証しますがほかのほとんどすべては各自の自由という未定義によって包括定義されるようになっています。
国家として結婚の印をだせといいたくなるところになりますが、それを苗字を一緒にするという補助的な手立てでかつ名前とは国に登録されるIDなので特権的に変更できるという事柄でまかなっています。
IDは偽造できるわけで、これを承認期間が都度参照できる状況にしておかなければ末端の緊急事態などであやまりを発生させかねません。
夫婦をとりちがえたくらいで何の問題も出ないのでは、と思われるでしょうがその夫婦であるということが交換条件以外に大きいところがそういうことではないということになります。

 

夫婦関係ということで血縁関係になるということは、お互いの財産を併せ持つことができるようになるということです。贈与税もなしに妻にお小遣いを渡したり贈与の申告もなしに妻から夫に贈り物をするなど違法行為になりそうですがどうでしょうか。
これを全部計上しろといわれると逆に所有権について税金逃れができてしまうこともありますし、申告自体がとても煩雑になってとても生活をしていく上では現実的ではないでしょう。
また親からの財産を継承することについても権利が発生します。いまあなたが無縁のだれかの土地が開いているからといってそれを相続税をはらうので譲ってくれと言える権利があるでしょうか。
この関係性については養子縁組などもあるかと思いますが、大富豪の子供として迎え入れられるようになることや将来大成功がすることを約束されている未成年を子供として迎え入れることは恋愛をして好きといわれることより簡単でしょうか。
好きというだけでこの関係性が築けること自体かなりすごいことなのですが戦後日本は高度に成長するためにもまた継承されるさまざまなものを消滅させ減衰させる意味でも核家族が流行しました。
恋愛で結婚することが自由になり面倒だという理由で大きな財産を拒み小さな生活力で自分たちが生きていくために必要なものだけで生きていけるようになりました。
継ぐべきものも分与するものもない生活では結婚に大した意味はないかもしれません。財布と仕事が共有化できるというメリットくらいでしょうか。
ただ多少なりとも資金に差がありそれを自分が相手をもってしてうめることができるというメリットやチャンスを特に努力や試験や資格保持ではなく相手の好きにあわせるだけでかなうチャンスはほかにないと思います。
これを利用して再婚相手を次々に薬殺したという事件があったりしましたがそこにだけ特化すればそういうこともできるというわけです。
殺人をしないのであれば長くその状況が続くように選択をすべきでそれはさまざまに実例や文化があるのでそれを踏まえればよいかと思います。

 

これらの関係性が不要であれば結婚をしなくてもよいと思いますしそうすれば別姓でもいれるかと思います。また長期間同棲状態などであれば事実婚としても認められることがあるようなのでそれでも良いかもしれません。
財産を得る話ばかりでしたが、万が一のとき生命にかかわるような判断や対応についても親族ということで決定権を持てます。
交通事故や病気などで判断や対応、同意についてもとめられることを行ったり任せたり任されたりすることができます。
人が一人でいる以上の生活を二人で分け合っておこなうということについての柔軟性と包括されたかなり重要な事柄をになうことになります。
その生活の内面において風習や方針の違いなどで行き違いがあったとしてもどうやって紛争回避するのか、折衝方法はといったことを明示的にルールにすることは生活や性格、習慣や風習、生まれからの特性について等価に分配する方法を見つけるのが非常に困難になるため不介入という手段がとられたりもします。
二人の間柄という最小の通商関係についての問題はそのレート設定や内容の意義などについて外部が口出しをしないということで自由を手に入れており、自由であるために明示はしないということになります。
たまに夫婦間の交換レートを公開して世界に先駆けみなに知ってほしいということで夢のようなレートを披露して、そんな取引ありえないというバッシングを多く受けたりすることもありますが、事実そこでしか成り立たないものなのでいかにその場で最高であっても共有される空間では話題にすらすべきでないものもあります。

 

その笑顔だけで100万円に、事実上なるという契約をなんの条件もなく契約書もなく国もそれを見逃すことを暗黙に了解したレートで成立するのかということをできる関係性がそんなに薄い関係ではないことを認識していただけるでしょうか。
ご家族の方に分け合っているそれぞれの価値や財産は、買うとなるととても支払える額ではないものではないでしょうか。

 

だれもそんな深く考えてない、好きだから一緒にいたいだけであきたら別れるし、そういうもんだ、という方もいらっしゃるかもしれませんし、そういう考えのほうが多いかもしれません。
財産や命について多くの選択権を得ることになるということについて考えたくもないかもしれませんが、いっしょにいるだけということと意味がちがうのはそういうところです。
自分の手の届かないところに、社会的であったり自然の現象としてであったり運命的な摂理の中で手をのばしたいというときに人を利用するということにおいて相互にひとこと契約するだけ交渉が成立するたいへんなものです。
位置的に近いところにいるだけでよいのであれば結婚など不要でしょう。
本名など知らなくてもいいかもしれませんし持ち物も開封されることはないかもしれません。
事実そういう関係性で長く連れ添った人もいたというような物語は聞いたことがあります。
どこかにはあるのでしょう。
たしかに結婚するしないでいえばしなくてもいいとも思いますのでそういった関係性もありかと思います。

 

それを踏まえて、不倫はべつに当事者間の問題だからいいのではと言えるでしょうか。
先祖代々の土地をわかいなにがしにそそのかされ売り払われた、気が合うということで夫婦になっていたので権利があったなどのような問題が発生したときに二人だけの問題で済むでしょうか。
子供や養育費、遺産などの問題はもちろん発生すると思いますしすべてがなかったとしても三親等以降の人間にはなにをやっているのか関係ないことでしょうか。
社会的になにか制度や機能を利用しようとしたとき、だれかがそれを代行したり権限をもったりすることができる可能性に、すでにその関係性を契約している相手が勝手に増やすことは問題ないでしょうか。
全員に了承がありそういう関係性なのであれば、そうであるというべきで一般の婚姻関係をもっていて不倫などするということであれば何かしらその重要性について言及があるべきかもしれません。

 

結婚が国の中において人が生きていくのにどれほど大きな事柄だとしても恋愛や不倫はやっぱり当事者間のことなのでは、と思う方もいらっしゃると思います。
もう一つだけ加えたいことは、その人の人間としての系譜に大きくかかわることができるきっかけが好きだけで済まされるようになった昨今、そういう理由で再契約したり破棄したりすることができることについて資本主義経済のようなガイドラインでは問題ありませんかと問いたいことです。
好きなので積極的にレートの悪い交換でも行い相手の意思や行動を尊重することによってその範囲内での活動や生産を大きくしようということが契約されることについて、取り決めから変わってしまったレートや行動で損害が発生することもあるでしょう。
それが発生する要因がもとになるその結婚という契約についておなじ契約を他所でもする理由は、前の契約を拡張させるものではないことがほとんどではないでしょうか。
人の財産を手に入れるためだけに再婚を重ねる人がいるかもしれません。
しかしそれは結婚ということになれば口出しをすることでもないかと思います。
できれば近い親族であれば助言をしたいと思うことはありますが当人間の問題でしょう。

 

しかし不倫ということについては離婚してからにしたほうがいいですし、離婚する理由が「ほかに好きな人ができたから」という包括的人生契約を破棄するにあたる理由にならないようなもので多重契約を行う形になることはとても認められない気がします。
夫婦という格別の交換レートを行う契約なしの人間をつくってしまうことが大きく損害を出す可能性を考えられないわけがないですよね。
すでに1契約あるうえにおいては。
そしてその夫婦ということで暗黙に認められている人としてどうかと思う交換レートでの活動を、かっこいいから有名だからすごい人だからという理由でさらに一般人と有名人のような関係のないレートで交換をしようというような、またそれを正当化しようというような発言はあまりよいとは言えないとおもいませんか。

 

どうでしょう。
それぞれ当人同士がなっとくしていれば、いい話だったでしょうか。
自分たちも、そういう関係性だもんね、と夫婦でお話合いができるご家庭であるならば、そういうものかもしれませんねと、思いますがそれも個人の自由でしょう。

ただ私は、そういう価値観からは、自分の手の届く範囲の親しい人間関係は遠ざけたい、そういう場所からは遠ざかりたいと、一個人の感想としてはおもっています。